月はみている
深夜―
「滝夜叉丸…起きてるか…?」
障子越しに月明かりが小平太の影を浮かび上がらせる。
「っ…七松先輩…?」
「これから先生達と任務に行ってくる…
危険な任務だ…
無事に戻れる保証がない。
この任務に行く前にどうしても伝えておきたいことがある
滝…良く聞いてくれ…
私はお前が好きだ。」
驚いた。
まどろみの中にあった意識も一気に覚め
慌てて障子を開け小平太の腕に触れた。
「…っ…七松先輩…」
「お前の気持ちを聞く前に卑怯だと解っているが…
これが最後かもしれない…」
滝夜叉丸の寝間着の胸元を掴み、強引に自分の方に引き寄せて唇を重ねた。
「っ…」
温かい感触が一瞬伝わって、直ぐに離れた。
「行ってくる…ゆっくりお休み。
答えは…無事に帰ってこれたら…」
何も言葉を発せないまま
あっという間に、闇の中へ消えてしまった。
この夜は、眠れなかった。
小平太の触れた唇に何度も指で触れてみる。
唇を指で触れる度、胸の中を幸せな気持ちが満たすのだった。
2日間、先生達と小平太は帰ってきていない。
滝夜叉丸は少し心配になりつつも、技術はプロにも負けない忍術を持っている小平太なら
心配ないと不安な気持ちは忘れようとしていた。
そんな2日間を過ごしていたとき、
偶然に聞いてしまった。
学園長先生に言伝てを伝える為に部屋に向かう途中、
学園長先生の部屋から何人かの先生達の声を。
聞いてはいけない話だと思い
引き返そうと思ったとき
小平太の名前が聞こえてきたのだ。
「私達の力不足で、申し訳ありません…
七松が…
これからもう一度向かい…救出…
…」
全ては聞き取れなかったが、小平太が危険な目にあっていることは確かだった。
いつもの冷静な気持ちは、どこかに消え去り
焦りだけが募っていった。
頭の中は、小平太の安否でいっぱいになり
思わず、門に向かっていた。
門の外に出てもどこへ行ったら良いのかさえわかっていないのに。
部屋でじっと勉強することも、実践練習をすることも
考えられなかった。
ただ、今すぐ小平太を救出しに行きたいと
そればかりだった。
『…七松先輩に何か…あったのか…
先輩…先輩…先輩…
七松先輩!!
まだ…気持ちを伝えていない!
私はまだ…
あなたに好きだと答えてない。
あなたの触れた唇の温もりが忘れられない
それは…好きってことでしょう?
あなたを想うと胸の鼓動が速くなって落ち着かないのは…好きだからでしょう?
あなたに伝えていない…
伝えなきゃ…
あなたに恋をしてるって…
無事で…
無事でいて下さい…
七松先輩!』
息を切らせ、どうすることも出来ずに
門の前で立ち尽くす滝夜叉丸に、
微かな息遣いが聞こえた。
それは、動物ではない
人間のもの。
警戒しつつ辺りを見回す。草むらから、血塗れの小平太が現れた。
「ただ…い…ま…
心…配…かけちゃったか…」
滝夜叉丸は慌てて駆け寄り、身体を支えた。
「七松先輩!
………っ…
しんぱ…しました…」
安心からか、涙が次から次へと止めどなく溢れた。
「みんな…の…いる前では泣くな…
こ…な…かわい…い…
泣き顔…みんなに…見せたくない…」
「こんな時に、何言って…。
早く医務室に行かなきゃ!」
小平太の身体を支えながら、医務室へ連れて行こうとすると、滝夜叉丸は腕を掴まれた。
「待って…たき…気持ち…おしえ…て…
こ…なに…泣いて…くれたのは…ど…して…?」
刺さるような鋭い視線を向けられたら、
動けない。
答えるまで離してくれる気は無さそうな
力強く握られた腕。
観念するしかなかった。
「…っ……
先輩…すき…好きです…」
小平太は、答えがわかっていたかのようにニヤリと笑うと、意識を失ってしまった。
「…先輩!!…七松先輩!!」
―医務室
「酷い傷だ。出血が多い、他の先生方を呼んできて下さい!」
先生達を呼び、医務室に戻ると山田先生が外に立っており
中に入ることは許されなかった。
先生達の隙間から見えた小平太は、いつもの褐色の肌とは違い
青白くて、別人の様だった。
小平太が目の前からいなくなってしまう気がして
考えたくはない不安が滝夜叉丸の頭をよぎる。
先輩の身に何かあったらと思うと
部屋に帰りたくなくて、医務室の側で小さくうずくまった。
「なんとか…山を越しました…
外にいる滝夜叉丸君にも休んでもらってください。
ずっとそこにいると言って頑として動かないのです。
七松君が無事だと教えて安心させてあげてください。」
土井先生は、安心した表情で頷いた。
「滝夜叉丸…小平太は、もう心配ない。
自室に戻って休みなさい」
小さくうずくまる滝夜叉丸に近寄り
目線を同じ高さにすると、微笑みながら声を掛け
ポンと肩に手を置いた。
「…はい」
滝夜叉丸も安堵の表情を浮かべ自室に戻って行った。
あれから三月過ぎた
小平太のいない日々は、静かで寂しいものだった。
当たり前だった日常がどこかに消え去り
一日が長く感じた。
「いけいけどんどーん!」やっといつもの通りの日々がやってきた。
いつも通り小平太は、暴君であったし
三之助は方向音痴で違う場所に行きそうだし
慌ただしくて、騒がしい毎日。
でも、これが懐かしくて滝夜叉丸にとっては嬉しかった。
ふと、小平太と二人きりになったとき
「心配掛けたな、もう大丈夫だから」
と小平太が呟いた。
「いえ…私は…」
小平太と二人きりになるのをずっと避けてきた。
せっかく両想いになれたのだが
恥ずかしくて、二人きりになれない。
今まで自然に出来ていたのに
意識し始めたら何を話したらいいのか解らなくなったし
胸の鼓動が早くなって、近くにいるだけで顔が真っ赤になってしまう。
「なぁ、滝?両想いだよな!これから滝を、私のものにするから」
「な…何をいって…男同士で…」
突拍子もない事を言われるのは慣れているが、これはさすがに理解に苦しむ。
「男同士でできるぞ、尻の穴を使う。」
「なっ!な…なにを!
出すところであり、いれるところではありませんよ」
「それが、使えるらしいぞ。
この間、房中術の授業で習った。
一人でするときに、前を弄りながら一緒に穴に指を入れてみろ。
もちろん、滑りをよくしなきゃ入らんだろうから
油を付けて出し入れして準備しておけ
私のものが入るようにな」
もう、理解の範疇を超えている。
間髪入れずに喋る小平太に突っ込みを入れる隙がない。
「なっ…そんなこと…」
「勉強熱心な滝なら出来るだろう?ん?」
「…っ…」
「今日から10日目に試してみるか、毎日弄って柔らかくするんだぞ」
滝夜叉丸の耳元で小さく囁くと
耳まで真っ赤に赤面したのを小平太は不敵な笑みを浮かべて喜んでいた。
「…はい…」
滝夜叉丸は、10日後に向けて恐る恐る
準備を進めるのだった。
惚れた弱味か…
強引な小平太には逆らえなかった。
おわり
20110509
春夜
|